オーボエに魅せられて―高68回・荒木良太さん
母校130周年記念祝賀会に出席された方は、冒頭の素晴らしい演奏を耳にされたことだろう。演奏者のうちの2人の経歴が異色であることに驚いたかもしれない。
チェロ奏者の伊石昂平さん(高65回)とオーボエ奏者の荒木良太さん(高68回)は、どちらも一般大学へと進み、卒業後、東京藝術大学で音楽を学び、現在プロの演奏家として活躍している。
伊石さんについてはこちらの記事をご覧ください。
今回は荒木良太さんにお話をうかがった。
迷った末大阪大学に入学、 卒業後、東京藝大へ

2022年第37回日本管打楽器コンクール第1位ならびに東京都知事賞、文部大臣賞を受賞。東京藝術大学にて優秀な成績を収めて卒業する学生に贈られるアカンサス音楽賞を受賞、芸術家の育成を目的として設立された安宅賞奨学基金を授与される。2023年度公益財団法人青山音楽財団奨学生。その他NHK-FM「リサイタル・パッシオ」や霧島国際音楽祭、ARKPHILHARMONIC等に出演。またソリストとして藝大フィルハーモニア管弦楽団と共演する。
音楽を始めたのは3歳の頃、ピアノ教師をしていた母からピアノの手ほどきを受けた。小学生高学年の頃、テレビで「のだめカンタービレ」を見て、黒木君の奏でるオーボエの音色に魅了された。中学生になって吹奏楽部に入部すると、オーボエがあったので歓喜してオーボエを始める。母校入学後も吹奏楽部に所属。高校2年の頃からプロの方に指導を受けるようになったが、それまでは基本的に部活の活動として演奏していたそうだ。 音大に進むか迷っていたら、オーボエの先生から「迷っているならやめておけ」「でも音大に行きたくなったときに進路を変更できるように、日ごろから鍛錬しておくように」と示してもらい、自分も音楽の道に進む覚悟が持てなかったので一般大学に進むことにした。
一般大学での4年間も「必要な時間」だった
大学時代は阪大オーケストラに所属、音楽を楽しんでいた。大学3年生になり、この1年間は自分が死ぬ気で努力したら音楽の世界でやっていけるかどうかを考える期間にしようと決めた。結局は何とかなるという確信は持てなかったが、その1年はとても楽しく、もし音楽の道に進んでだめだったとしても後悔はしないと思えたそうだ。一般大学に進んだことは遠回りではなかったかと聞いたら、自分の中で確固たる決意と覚悟を持って進路を選択するのに、必要な時間だったと言う。東京藝大も大学院からでなく、大学から始めたことで4年間音楽の基礎や音楽を学ぶ人たちの空気感にじっくり触れて学べた期間がとても重要だったそうだ。

祝賀会オープニングで伊石さん(右)と共演する荒木さん
伊石さんについてはご存じでしたかと聞いたら、ちょうど藝大を受験したいと決めた頃、三丘会報で上記の伊石さんの記事を読み、高校を通じてコンタクトを取ったとのことだ。
母校吹奏楽部の頃の話を聞くと、部活男子とみんなで旅行に行ったことが楽しい思い出だそうだ。また外部講師の鈴木陽平先生との出会いも大きかった。音楽を自由に心から楽しむということを体感させてもらえたのはとても大切な特別な時間だったとのこと。
高校3年生のときが、ちょうど母校創立120周年の年で、記念式典の指揮者体験に参加して、関西フィルハーモニー管弦楽団の指揮をした。指揮者だった藤岡幸夫さんとは阪大オーケストラにきてくださったときや東京交響楽団でも再会して、覚えていてくださっていて、感慨深かったそうだ。
目標は人をひきつけられる首席奏者
荒木さんの目標は自然と人をひきつける首席奏者になること、音楽や人柄で周囲が付いてきてくれる存在になりたいとのことだ。もうひとつは満足の行くリード(発音源となる舌状の小薄片、自作する)を百発百中で作れるようになることだそうだ(注)。好きな作曲家、好きな曲をたずねたら、どちらもそのときのマイブーム的な感じになる、今はモーツァルトが好きで、曲はベートーベン交響曲第6番「田園」をひとまず挙げておくとのことだ。
伊石さんも荒木さんも音楽の才能もあったが、学業も優秀だったため、一直線に音楽の道に進むことにならなかったのだろう。しかし遠回りしたように見えても、その期間で自分の進みたい道に確信を持つことになり、それ以降は2人ともまっすぐ音楽の道を進み、優れた演奏家として活躍している。
(注) 参考サイト YAMAHAMakeWave オーボエの吹き方「最も気を使うのはリードのこと」
(2025.12.14)
