三丘同窓会

「拝啓われらが先生!」第7回・土井康弘先生(美術・工芸科、高9回)

 恩師を訪ねるこのコーナー、今回は1975年4月から1999年3月まで美術・工芸科教諭を務められた土井康弘先生にお話を伺いました。

五條と奈良を行き来した幼少期
 「堺県から出たことないんや」と開口一番。生い立ちを伺ったときの話である。かつて河内・和泉・大和はまとめて堺県とされていた。先生ご自身は奈良市と五條市を行ったり来たりした幼少期だった。五條は田舎で夜は早々に真っ暗になるが、奈良市は比較的都会で、夜遅くまで明かりがともり、ジャズを流している店もあったという。戦中戦後の時代背景とともに、それらの環境は、「物事には表と裏があり、今見えている世界と違う世界は必ず存在する」という概念を持たせた。五條では野に遊びながらサバイバルを学び、奈良市では洋楽や英語に触れて過ごす。

 終戦は小学一年の時。昭和20年8月18日、母子4人で赤痢にかかった。弟、妹を相次いで亡くす。薬も無い中、子どもはほぼ100%死ぬはずが自分だけが生き残ったことで、本来なら無かった命であるということが人生観に大きく作用したという。
 その後、堺に転居し、やがて三国丘高校に進学する(高9回)。高校では生物部、美術部、剣道部に所属。生物部では左目で顕微鏡をのぞきながら右目で紙にスケッチをしていたことから、電車の中で向かいに座る人を見ながらポケットの中でドローイングするすべを身につけた。

 卒業後、大阪教育大学芸術学科に入学。近所に住む長谷川青澄画伯と交流があったことから、モザイク壁画の制作を任されるなど、クラスメートを指揮して仕事に明け暮れていたところ、単位を取り損ねて留年。留年中は恩師の厚意で浪速短期大学(現・大阪芸術大学短期大学部)の講師をしていた。翌年、府立高校美術科教員テストに合格する。
 初任校は泉南高校(現・りんくう翔南高校)。その後母校へ赴任となり、嘱託も含め30年近くを過ごすことになる。

教学は 相半ばすと わが一世
 着任した当時は生物科の藤本明澄先生ら、自身が在学中に授業を受けていた先生方もおられてかわいがられたそうだ。着任当初から、三丘資料室の資料整理や運営に、永野忠一先生や𠮷田正美先生(いずれも国語科)と携わった。当時はすでに退職、他校に勤務されていた永野先生には大きな影響を受け、出来れば生徒として授業を受けてみたかったとおっしゃる。ご自身が退任するときには永野先生の歌集から「教学は 相半ばすと わが一世 この学び舎にて 多く学びし」を引用して挨拶をされた。生徒から教えられたことばかりだったと回顧される。

 在任中、授業を受けた生徒は「自由とは何か?」などといった問いをふっかけられてタジタジとした経験があるのではないだろうか。哲学のような内容の授業に面食らいながら頭をフル回転させたものだ。そんな堅いイメージの傍ら、生徒の作品を見て深層心理を読み取り、ちょっとした声かけから美術準備室に相談に訪れる者も少なくなかった。
 美術部員が喫茶店でごちそうになったとき、先生は一人うれしそうにパフェを召し上がるというお茶目な一面も。合宿では、日中はハードなノルマがあったが、夜は簡単な手品や謎解きゲームを披露、やり方を教えてくださった。それらは後輩たちへと受け継がれていった。

 60代でS字結腸を切除。前日に9・11のテロ事件があり、一睡も出来ないまま手術を迎えたそうだ。70代では胃を半分切除。どちらのときも病室から二上山がよく見えた。子供時代は奈良から二上山を見て、「向こうの世界に行ってみたい」と考えていたことを思い出していたという。

やりたいと思ったことはすぐにチャレンジすべき
 かつて見た枝垂れ桜に心奪われて、苗木を自宅に植えたところ、たいそう立派に育ち、花時にはご近所の方が花見に来られるほどだった。その桜の木が数年前の台風で根元から折れて倒れた。西行の歌「願はくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」のつもりであったが、桜の木の方が先に亡くなってしまった。その幹を今も処分できずにいる。
 三丘生に贈ることばを伺うと、「やりたいと思うことはすぐにチャレンジすべき」 との答が返ってきた。
〔構成・石原喜代美(高38回)、インタビュー協力・美術部OB会美留丘〕


土井 康弘(どい やすひろ)先生
1938年、奈良県五條市生まれ。
大阪教育大学芸術学科絵画工芸専攻卒業。在学中に浪速短期大学(現・大阪芸術大学短期大学部)講師に。卒業後は泉南高校を経て1975年4月〜1999年3月、母校で美術・工芸科の教諭を務めた。退職後も5年間嘱託勤務。勤務の傍ら三丘資料室の資料整理に携わる。80周年、90周年、100周年の記念誌制作にも参加、三丘会報の編集者としても活躍した。美術部顧問でもあり、現在まで活動の続く美術部OB会「美留丘(みるく)」の創設を促した。
 

(2024.5.22)