絶望を乗り越えて-ALS患者は無限に活動的になれる/高40回・竹田主子さん
竹田主子さん(高40回、旧姓・井上)は内科医として勤務していた2012年にALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。難病ALSの受容には4年の年月を必要とした。現在は24時間介護を受けながら、視線入力パソコンを駆使して、医師と患者双方の経験を活かし積極的に発信を続けている。医療コンサルティング「東京メディカルラボ」代表を務め、医療倫理や終末期医療などについて学会や大学で講演も行う。「今の時代、ALS患者は無限に活動的になれる」と語る竹田さん。医師による自殺幇助の法制化には反対を唱える。* * * *
ALSとは、神経の中で運動神経だけが壊れていき、やがて全身が動かなくなる病気である。しゃべることも、食べることも、呼吸することもできなくなる。一方、意識や知能、聴覚、視覚は正常だ。この診断を受けて平気な人はいない。竹田さんも受容までに4年を費やし、「死」に大きく傾いた時もある。とにかく全てが苦しくて、心が悲鳴をあげていた、と語る。病気の進行と共に介護問題が大きくのしかかり、生きる意味を見いだせず、医師による自殺幇助(安楽死)が認められていれば、書類にサインしていたかも知れないという。
心が前向きになるきっかけは、24時間介護利用が可能になり、家族に迷惑がかからなくなったこと。更に視線で入力できるパソコンを導入できて、仕事や交友関係など、世界が広がったこと。その他にも、たくさんのママ友が、荒れていた思春期の子どもを救ってくれたこと。医療チームが、竹田さんが抱える「死ぬ」「死なない」の葛藤に対し、大騒ぎすることなく、辛抱強く、静かに支えてくれたことと語る。
中途障害者は、初めは大変なショックを受け、自分が無力で価値のないものに思える。ただやがて「体は不自由になったが、自分全体の価値が下がった訳ではない」と悟るようになる。障害者である自分を受け入れられるようになり生きがいを見つけるようになる。
身体的には自分のことは自分でできないが、人の手を借りながらも、自分の意志で自分の人生を力強く歩むことはできる。経済的には、各種手当や助成、障害福祉制度を使って再出発できる。本人の工夫と周りの支援次第で、絶望を乗り越えてもう一度輝ける。
ALS患者の女性に対する嘱託殺人容疑で医師2人が逮捕された事件は記憶に新しい。この事件を受けて、安楽死の法制化を容認する短絡的な意見がネット上に飛び交う。竹田さんは自らの体験を通し、医師と患者の間には、「病」に対する知識や考え方に大きなギャップがあると指摘する。医師は医学知識で病気を考えるが、患者の心の揺れや生き方は分からない。個人の存在価値に目を向けないのは、医師が陥りやすい過ちなのだと。
法制化され前例ができると、命が次々と事務的に処理されるかもしれない。命を救うはずの医師の判断で「死なせる」ことがあってはならないと警鐘を鳴らす。
ALSは、昔は天井を一日中見つめながら、何も周りに伝えることもできずに、病院で死んでゆく病気であったが、今の時代ALS患者は無限に活動的になれる。竹田さんも今では、病気で療養しているという自覚は消えて、健康な方と同じ感覚で生活していると語る。
「ALS患者は、『安楽死』か『かわいそうに苦しんで生きる』かの2択ではありません。どんな過酷な病気でも適切な支援があれば、人間は適応出来る驚異的な力を持っています。絶望の先に、力強い人生が待っています。医療者や周りの人が行うべきは、死にたくなるほどの苦しみを一つずつ取り除いていくことなのです」
竹田さんの言葉は、明快で力強く、そして優しい。次の一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
* * * *
竹田さんから後輩へのメッセージをいただきました。
「人生、思っていた風に行かなくなることもあるけれど、 知恵と工夫で絶対に立ち上がれます。
自分独自の道を力強く切り開いていってください」
竹田 主子(たけだ きみこ)さん
1996年 信州大学医学部卒業。内科医師。
東京大学医学部附属病院、東京都老人医療センター(現 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター) 、国家公務員共済組合連合会 三宿病院、横浜総合病院、霞ヶ関法務省診療所など勤務。1999~2003年 アメリカテキサス州ヒューストン Baylor医科大学留学 臨床研究員。2012年にALSを発症。現在は医療コンサルティングなどを担う「東京メディカルラボ」代表。
【所属学会】
日本内科学会、日本在宅医学学会、日本在宅医療学会、日本臨床倫理学会。
本文の執筆にあたっては下記の記事を参照しました。
*竹田主子さんFacebook
*2020年8月10日付 毎日新聞「ALSと言われ絶望 医師の私 受容に4年」
*2020年8月11日付 毎日新聞「活動広がるALS患者 安楽死法制化に反対」
*2020年8月13日付 m3.com「ALSの医師がひも解く積極的安楽死」
*2020年8月14日付 朝日新聞「生きていける 支えがあるなら」
(2020.9.3)