三丘同窓会

定時制の課程 70周年を祝う

 11月27日(土)、母校定時制の課程創設70周年記念式典が行われた。
 定時制の課程は1951年4月に創設。70周年記念行事として、当初は同窓会主催の祝賀会も別会場で予定されていたが、新型コロナの影響で中止。校内で職員と生徒だけが出席する記念式典のみとなった。

 当日は教頭の挨拶をオンラインで視聴した後、クラスごとに三丘会館や中庭、三丘資料室を見学(写真下)。その後、教室で放送研究会と音楽部が制作した動画を視聴した。



 放送研究会制作の動画でOB・OGとしてインタビュをーを受けたのは永田禎子さん(定3回)、森田正朝さん(定4回)、奥野勝美さん(定7回)の3人=下はその一場面。

左から永田さん、森田さん、奥野さん

 森田さんは「中学を出て印刷工場に勤めていたが、近所にいた文学青年の影響を受けて入学した。演劇が盛んで、文化祭(月見祭=現在は秋夜祭)は思い出深い」、永田さんは「自宅が堺の空襲で焼けて淡路島に疎開していたが、戦後堺に戻って入学した」、奥野さんは「安保の時代だった。友達4、5人が会社から『学校に行かさない』と言われて、専務の家に押しかけて抗議したこともあった」と、当時を懐かしみ、3人とも「本当に楽しい4年間だった」と口をそろえた。
 音楽部制作の映像では文化祭(秋夜祭)での生徒たちのバンドの元気な演奏の様子が映し出された。  


 多目的ホールでは生徒会主催のクイズ大会を楽しんだ。「三国丘高校の名前から『ケ』がなくなったのは何年でしょう!」「今の校舎は何代目?」といった母校の歴史にまつわる問題などに会場から次々に手が上がる。
 最も難問(?)だったと思われるのは「母校野球部は1984年の選抜大会に出場しましたが、このとき、甲子園に実際に行った先生は?」というもの。なかなか正解が出なかったが、答は、この日も司会を務めていた長子等教頭(高38回)。野球部ではなかったがみんなで応援に行ったそうで、「この大会で四番打者を務め、のちに社会人野球チームの強豪『大阪ガス』の監督となった橋口博一さんと同期なんです」と誇らしげにコメントした。

 

  なごやかな雰囲気で進められた式典は、最後に辻徹准校長(写真)の式辞で締めくくられ、終了となった。

 なお、「創設70周年記念誌」も制作され、この日、配布された。表紙と裏表紙を飾った絵は美術科教諭で日本画家の児山より子さん(高29回)の作品。また、「学校点描」のコーナーなど校舎の写真は車椅子の生徒のための夜間介助員・兵藤隆彦さんが撮影した。兵藤さんは日本写真講師協会のフォトインストラクターでもある。

(2021.12.19)