三丘同窓会

母校および同窓会の歴史

明治 〜 昭和22年(堺中学校)

1895年(明治28)1月20日大阪府第二尋常中学校として創設
4月1日開口神社内旧堺市庁舎を仮校舎として開校。入学者156名。
10月大鳥郡向井村大字中筋に校舎起工
1896年(明治29)4月10日校舎半ば落成し移転(写真上・左=岸谷勢蔵・画)仮校舎に寄宿舎開設
1899年(明治32)4月1日大阪府第二中学校と改称
8月20日校友会誌「茅渟の海」創刊
1900年(明治33)4月5日第一回卒業証書授与。卒業者33名
1901年(明治34)4月1日大阪府堺中学校と改称
1901年(明治34)6月3日大阪府立堺中学校と改称
1915年(大正4)5月13日指導将校による軍事教練始まる
剣道・柔道が正課となる。校庭に学校園開設
1916年(大正5)6月19日浜寺で野外演習
10月14日全校金剛登山始まる
1918年(大正7)2月16日助松付近で岸和田中学校との対抗演習
服装改正で巻脚絆が義務付けられる
1923年(大正12)9月4日関東大震災被災地へ慰問袋を送る
1924年(大正13)4月10日初の外国人教師アルフレッド・エルネスト・ウェブ着任
寄宿舎を廃止
1925年(大正14)5月配軍将校による軍事教練始まる
1926年(大正15)校内に狭窄射撃場設置
1929年(昭和4)5月10日三丘同窓会設立
1930年(昭和5)5月新校舎設計に着手
1932年(昭和7)2月16日現在地に鉄筋コンクリート3階建て校舎竣工(写真上・中)

11月13日本校が陸軍特別大演習の御講評場となり、昭和天皇行幸

11月25日新校舎落成式挙行
1933年(昭和8)11月13日昭和天皇行幸記念碑「駐蹕之趾」(写真上・右)除幕式挙行
1934年(昭和9)3月30日第11回全国中等学校選抜野球大会(甲子園球場)に出場
1935年(昭和10)4月26日記念会館(旧三丘会館、現資料館)落成
1937年(昭和12)* 堺中学校校歌制定
1938年(昭和13)6月 愛国勤労奉仕団成立、反正天皇陵兆域清掃始まる
1941年(昭和16)3月日米関係の緊迫化で最後の外国人教師となったルース・マイランダーが日本を去る
4月制服が国防色国民服、陸軍略帽、巻脚絆に
5月校友会を解消、代わって報国団成立
9月学校報国隊結成、軍役奉仕始まる
10月12日防空演習に際し、4・5年生が初めて警防団補助隊として出勤
1943年(昭和18) 4月この年度卒業生より修業4年制度を施行
1944年(昭和19)7月15日 4・5年生の通年動員始まる
8月 2・3年生による特設防護団設置
* 軍隊駐屯始まる
1945年(昭和20)3月27日戦況の激化により、中47期は中46期と同時に4年で卒業。また、入学者選抜考査を中止、志願者全員に入学許可
7月戦時教育令により学徒隊編成される
7月10日空襲で作業科倉庫1棟を焼失。また、焼失した堺市民病院の仮病棟となり、重軽症者を収容。当時3年生の生徒一人が不発弾に触れて爆死
9月授業再開

昭和23年〜(三国丘高校)

1946年(昭和21)11月2日第1回堺中祭(〜3日)
1947年(昭和22)9月20日 第2回堺中祭(〜24日)
1948年(昭和23)3月 堺中として最後の卒業式(中49期)

4月 学制改革により新制高等学校発足。ただし母校では交流問題が長引き、遅れる

8月新制高等学校の名前が三国丘高等学校と決まる

 
9月男女共学実施。堺市立高女の職員生徒の半数を受け入れ、同時に府立堺高女との間に職員生徒の交流を行う。
 * 女子制服制定(写真上・左=昭和40年の生徒手帳から)
1949年(昭和24)3月3日新制高校第一回卒業式(男子108名、女子14名、計122名)
 4月新校章が決定(4月20日の堺高新聞で発表)
 9月26日三国丘高校校歌が制定され、生徒に披露される(歌詞は前年に募集、2月に決定していた)
1950年(昭和25)10月20日「三国丘高新聞」第一号発行(「堺中新聞」のあと「堺高新聞」が発行されていた)
 生徒手帳制定
1951年(昭和26)4月10日定時制課程併設
1953年(昭和28)4月この年度から同窓会館(旧三丘会館)の1階が食堂に
1957年(昭和32)4月20日三丘会報第一号発行
1960年(昭和35)6月30日図書館および書庫竣工
1963年(昭和38)3月31日25mプール竣工
 4月通学区域改訂(13学区制から5学区制に)。本校は第5学区に
 4月1学年定員511名(11学級)となる
1965年(昭和40)4月1日生徒定員1650人(33学級)となる
1967年(昭和42)3月28日夜間照明装置完成
1970年(昭和45)3月28日鉄筋3階建て増築校舎竣工
1971年(昭和46)3月28日鉄筋2階建て体育館竣工(写真上・中)
1973年(昭和48)4月通学区域改訂、9学区制に。本校は第8学区に
1975年(昭和50)11月8日創立80周年記念式典挙行
1977年(昭和52)1月29日三丘体育会発足
1978年(昭和53)1月29日三丘体育会報創刊
1979年(昭和54)1月13日第1回共通一次学力試験
1983年(昭和58)5月31日旧体育館跡に西新館完成
1984年(昭和59)3月29日第56回選抜高校野球大会に出場、1回戦で日大三島高校に惜敗(写真上・右)
1985年(昭和60)6月17日増学級に伴う新校舎改築工事開始
11月15日創立90周年記念式典挙行(堺市民会館)
1986年(昭和61)3月28日北館竣工、三丘会館全面改修
1987年(昭和62)2月西館に会議室を増設

平成〜令和

1989年(平成元)4月1日生徒数2308人(各学年16クラス、1クラス48人)。第二次ベビーブームで生徒数急増、この年がピークに。この後急減。
1990年(平成2)1月13日第1回大学入試センター試験
4月定時制、通信併修制度を導入
1991年(平成3)5月新本館予定地の文化財発掘調査
1992年(平成4)3月31日プール棟竣工
9月学校週5日制(第二土曜日休業)導入
9月29日校舎改築に伴い体育祭を大仙公園で開催
10月21日新校舎建設起工
1994年(平成6)2月18日鉄筋3階建て本館校舎竣工。北館玄関ホール等の改修に伴い、本館と渡り廊下で接続
1994年(平成6)11月2日旧校舎撤去工事完了
1995年(平成7)4月1日学校5日制、月2回となる(第2、第4土曜日休み)
8月19日新三丘会館起工式
10月7日百周年記念モニュメント設置(写真上・左=高24回・籔内佐斗司さん作)

11月18日創立百周年記念式典挙行(フェスティバルホール)

12月12日百周年記念誌「三丘百年」刊行
1996年(平成8)2月20日校誌「茅渟の海」復刊
4月20日三丘会館落成式
10月30日はじめて飛行機使用の修学旅行(沖縄へ)
1997年(平成9)9月5日土井隆雄(高25回)宇宙飛行士公式記念品寄託式
11月19日スペースシャトル・コロンビア号がケネディ宇宙センターから打ち上げられる(12月5日帰還)
1998年(平成10)1月24日土井隆雄(高25回)宇宙飛行士応援旗返還式
5月25日南館撤去工事(〜8月10日)
1999年(平成11)10月15日旧三丘会館(資料館)が国の登録文化財に認定される
1999年(平成11)11月20日新校舎が堺市景観賞に選ばれる
2001年(平成13)1月1日校名が正式に「三国丘高校」になる。それまで正式名称は「三国ヶ丘高校」であったが、「すでに形骸化している」という声を受け「ヶ」のない表記を正式名称としたもの。
2001年(平成13)1月28日定時制課程50周年記念式典開催
2002年(平成15)7月18日エル・ハイスクールに指定される
2004年(平成16)5月3日同窓有志により、戦没同窓の碑建立(写真上・中)
2004年(平成16)12月10日三国屋が閉店
2005年(平成17)11月11日創立110周年記念式典開催
11月11日開口神社に学校発祥の碑建立
2009年(平成21)4月1日スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)に指定される
2011年(平成23)4月1日文理学科を設置
2011年(平成23)4月1日女子の制服のデザインが変わる(63年ぶり)
2014年(平成26)4月1日スーパーグローバルハイスクール(SGH)に指定される
2015年(平成27)10月23日創立120周年記念式典開催(ビッグアイにて。写真上・右)
2017年(平成29)4月1日スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)に指定される
2018年(平成30)4月1日全クラス文理学科に
2019年(令和元)4月1日三丘同窓会の支援でスーパーグローバルプログラム(SGP)がスタート
2021年(令和3)11月27日定時制の課程70周年記念式典
2022年(令和4)4月1日女子制服にスラックスのオプション