三丘同窓会

卒業アルバム

旧制堺中学校の「卒業記念写真帖」


皇紀表記の年号も見える堺中の卒業記念写真帖。校章をあしらったおしゃれなデザイン。
横開きのものは布張りの表紙。

 1931年3月の「卒業記念写真帖」(中32期)が、母校最初の卒業アルバム。正門から見た校舎、教員や卒業生の集合写真に授業風景、運動部の紹介、そして卒業生ひとりひとりの顔写真という構成は、現在の卒業アルバムの原形と言える。
 資料室には、31年から41年(中42期)までのうち、9年分の「卒業記念写真帖」が残っていて、昭和初期の母校の様子をうかがい知ることができる。
 翌32年の写真帖に掲載された集合写真(中33期)は、2月に竣工したばかりの昭和校舎の前で撮影されている。
 翌33年からは表紙の年号に「2593」のように皇紀表記が見え始める。
 34年の写真帖から、金剛登山や水泳訓練、3泊4日の野外教練、現存する「駐蹕の碑」の除幕式など、学校行事の掲載が始まった。翌年には文化部も含めた部活動のページが増えるなど次第に充実した内容になっていった。
 しかし、38年になると「時局にともない経済がひっ迫してきた状況」(「三丘百年」)となって、それまでの五十数ページから十数ページに激減、41年を最後に終戦まで卒業アルバムは確認できない。
 戦後間もない47年3月に卒業した中48期の「フォトアルバム」が残っている。授業風景や10人程度のグループに分かれた写真を貼ったもので、旧制堺中学校最後の卒業アルバムだと思われる。


旧制堺中学校の「卒業記念写真」



 資料室には、中1期から中50期まで、全ての期の集合写真(複写)が保存されている。先述の「卒業写真帖」の他に、05年(中6期)以降の「茅渟の海」(校友会誌)にも卒業記念写真として掲載されている。上の写真は中19期のもの。


三国丘高校の「卒業アルバム」



  戦後の物資不足もあって途絶えていた卒業アルバムは、51年3月の高3回から復活した。クラス写真や修学旅行の写真などを黒い台紙に貼っただけの簡素なものだが、男女共学となった学年の貴重な記録だ(写真上)。
 翌52年からは印刷された本格的なアルバムとなった。各クラスから委員が出て編集にあたることも始まり、次第に内容やレイアウトに工夫をこらすようになっていった。
 77年(高29回)にクラス写真がカラーとなり、翌年からは全ページがカラーになった。
 平成校舎(現校舎)が完成した95年前後の卒業アルバムには新旧校舎の写真が多く掲載され、2000年頃からは文化祭や体育祭、修学旅行などのページが増えてくる。08年には、行事などがスライドショーで楽しめるDVDも付いた。
 近年は3年時だけでなく、1、2年時の行事写真が加わるなど、新しい工夫がこらされている。時代に合わせて、卒業アルバムは進化を続けている。