三丘同窓会

2022年総会ゲスト講演
川人博さん(高20回)「健康に働き、生きるために」 (抄録)

   

なぜ過労死や働き方の問題に取り組むようになったか


 私は泉佐野市の出身です。高校時代は柔道部に属していました。
 大学に入って勉強した…といいたいところだが時代は1970年前後。デモと集会の日々というのが正直なところでした。
 現在、弁護士として活動しており、専門分野は「働く人々のいのちと健康問題」。
 なぜこの分野に取り組んだか。それには、自分自身の駆け出しの頃の経験があります。

自身が過労で危険な状況だった

 年間4000時間以上働いていた。休日は1年間で数日程度。帰宅後、夜11時台のプロ野球ニュースを見たかったがほとんど見られなかった。
 私の場合、特にきつかったのは飲み会。私は酒が飲めない。先輩は酒が好き。10時、11時に仕事が終わってから新宿のスナックに繰り出してカラオケで演歌を延々と歌う。私はどっちかというとフォークソングが好きだったんですが…。そうして夜の2時3時までつきあってタクシーで帰って、翌日また仕事。タクシー代もばかにならないけど私の場合は妻が教員をしていたのでなんとかなった。
 ちなみに、こういう、自分の趣味を後輩に強制するのは、現在ではパワハラ類型の第6、「個の侵害」なんです(※厚生労働省の分類による)。休日になったらゴルフに誘うとか。上司だからなかなか断れないですよね。
 当時は抑うつ症状がありました。危険な時期だったと思います。ある日、公害問題に携わっていたときでしたが、睡眠不足の結果、重要な出張に遅刻・欠席してしまいました。非難ごうごうです。
 私の場合は家族や友人のサポートでなんとか危険な時期を乗り越えることができましたが…。

就職1〜2年目でいのちを失う若者たち

 最近、就職1〜2年目にして過労やストレスから亡くなる若者が多く、相談が後を絶たない。その度に当時の自分のことを思い出します。

 電通に勤めていた高橋まつりさん。自死直前は2日続けての徹夜もあった。

 建設現場で働いていた男性。お母さんは毎朝4時15分とか4時半に起こしていた。現場に6時半くらいに行って深夜まで働き、亡くなりました。月約200時間の時間外労働。

 「無責任な私をお許しください」との言葉を残して亡くなった小学校の新人教員の方。快活な人だったそうです。公務上災害と認定された。

 よく「なぜ退職せずに死を?」と聞かれるが、うつ状態になると視野が狭くなり、理性的な判断ができなくなる。現実の苦悩から逃れるには死しかないと思ってしまうんです。

過労死は職場の病理現象

 別の角度から見てみます。
 過労死が起こる職場の多くでは業務の不正も行われている。
 高橋まつりさんがいた電通では同じ頃、ネット広告で広告料の過大請求など2億3千万円にのぼる不正取引が発覚した。
 ODA案件の海外出張でJICAの専門家(三国丘高校の先輩でしたが)が途上国にて死亡、労災に認定されたケース。この会社でも国の調査の結果、会計の不正が明らかになった。
 過労死は職場の病理現象なんです。

健康な職場をつくるための5つの提言



ここで健康な職場をつくるための5つの提言をしたいと思います。

(1)適切な業務量の調整と人員配置を

 電通の場合ですが、広告は急速にインターネットの時代になっていた。旧メディアと違ってネットは一週間単位。スピードが違う。恒常的に人手不足に陥っていた。同じ背景で過労死が起きる。産業構造や技術の変革期に会社が対応できていなかったといえる。

 また、30年くらい前の話になるが、すごい数の海外出張をこなしていた商社マンが亡くなった。当時はペレストロイカの時代で、彼はソ連が担当だった。ロシア語ができる人材が不足していた。

 コロナもそうですね。いま、エッセンシャルワーカーが過酷な状況に置かれている。

 経済情勢や産業構造の変化、自然災害などで急激に業務が増えることがある。そうした緊急時に備えておかなければならない。普段ぎりぎりの状態でまわしていては緊急時に対応できない。一定の余裕が必要なんです。

(2)ハラスメントの組織的防止

 働く者の心身の健康を損なう原因として、過重労働のほか、ハラスメント被害の影響が大きい。
 職場のハラスメントの多くは政治学者・丸山真男氏のいう「抑圧の移譲」、つまり「上からの抑圧感を下への恣意の発揮によって順次に移譲していくこと」によって生み出される。「上司の上司」から上司へ、上司から労働者へ、労働者から妻、子どもへと抑圧が下に降りていく。実際には「上司の上司」より上、そのまた上もあるだろう。こうした抑圧社会の、全体の構図をみていかないといけない。パワハラを直接やった人だけの個人責任ではない。組織的な問題点を洗い直すこと、トップ、経営陣が問題に正面から取り組まないといけないんです。

 この問題はあいまいにされてきましたが、この1〜2年で明確な変化がみられます。
 昨年にはトヨタが、2017年に自社の男性社員が自殺したのは上司のパワハラによるものだったことを認め、社長が遺族に謝罪し、和解した。
 2年前に法律(パワハラ防止法)が施行され、大企業には相談窓口の設置が義務付けられた。だが、実際には内部通報を生かすことができなかった事例も発生している。

(3)良きリーダーシップを広げること

 ハラスメント規制は「これをしてはいけない」「あれをしてはいけない」というネガティブリストだけではない。もっと大切なものがある。

 私が大ファンであるラグビーの平尾誠二さん。惜しくも50代で亡くなられましたが、この方が山中伸弥さんに語ったという「人を叱る時の四つの心得」があります(講談社刊「友情 平尾誠二と山中伸弥『最後の一年』」から)。
 ①プレーは叱っても人格は責めない
 ②あとで必ずフォローする
 ③他人と比較しない
 ④長時間叱らない
 これと真逆のことがパワハラなんです。部下が失敗すると人格攻撃する。だれかと比較する。フォローしない。ねちねちと2時間くらい立ちっぱなしにさせて叱る・・・。この逆のことをわれわれは学んで、実践していかないといけないと思います。

(4)「ビジネスと人権」の国際的な取り組みと提携すること

 2011年の国連人権理事会の決議で企業に「人権デュー・デリジェンス」の実施が求められるようになりました。企業が国内外でさまざまな活動を行う中で人権侵害が行われないようにする、起こった場合はきちんと対策を講じるというものです。これが国際的にずいぶん強調されるようになった。
 また、国連でSDGsの「2030年までに達成すべき17の目標」(2015年)の「ゴール8」は「ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」となっている。

 2019年にはILOが働く場での暴力・ハラスメントを禁止する条約と勧告を採択した。
 先ほどお話ししたトヨタの社長の謝罪等の新しい動きも、こうした国内外の状況が背景にあります。

(5)睡眠時間の確保とオン・オフの切り替え

 フランスでは2017年に法律で「Right to disconnect(業務メールを見ない権利)」が認められた。せっかく早く帰宅しても業務のメールが来る。バカンスのときにも仕事のメールが来る。これでは休めないじゃないかと。こうしたルール作りも必要です。テレワークも公私のけじめをつけにくいことがある。健康リスクが懸念されます。

健康に働くための本人と家族への3つのアドバイス

 3つのアドバイスをしたいと思います。道義心に反することを言うかもしれませんが…。


その1  責任感について

 責任感もほどほどにしたほうがいい。60年ほど前、植木等さんは「サラリーマンは〜気楽な稼業ときたもんだ♩」と歌いました…かなり古いですが…あ、分かる方もけっこうおられるようですね(笑)。当時のサラリーマンはそうだったかもしれないが、今はそうではない。でも、私は最近、ああいう無責任さも大事だなと、この辺の文化も考えていく必要があるんじゃないかと思っております。そもそも長時間労働イコール責任感とはいえない。労働者が創造力を発揮して生産的でいられるのは平均1日6時間以下だという説もあります。

その2  家族の期待と支援について

 親の期待に応えようとがんばり続け、行き詰まり、亡くなる方もけっこういらっしゃる。
 成人して会社に勤めている人間の問題に、家族がどこまで関われるかという問題がある。
 疲れ切って終電で帰ってくる息子あるいは娘を親が駅まで迎えにいき、翌朝はまた送っていく。ずっとそういうことを続けても、職場の状況が変わらないと結局、力尽きて亡くなられてしまう。送り迎えすることで疲れを軽減するという効果があるとしても、本当の意味でのサポートになってない。本人の意思も確認しながら弁護士に相談し、職場の上司に訴えて改善した例がある。家族が思い切って介入することが必要なこともあると思います。

その3  進路選択について

 子どもに対して「手に職を」という親が多い。成績が良いと医学部とか、資格を得るよう勧めたりする。しかし、医師の場合でいうと研修医のはじめの時期に健康を損ねてしまう例が後を絶たない。それは労働環境が悪いのであって、変わらないといけないんですが、一朝一夕に変わるものではない。また患者の家族への対応で疲弊してしまうことも多い。「手に職」は、そんなに勧めていいものかどうかと思います。

ボーっと生きることも必要だ

 さて、まとめなんですが。
 チコちゃん(NHKの番組「チコちゃんに叱られる!」に登場するキャラクター)っていますよね。「ボーっと生きてんじゃねえよ!」という(笑)
 私は、ボーっと生きててなぜ悪いの?と思う。NHKも、働き方改革とか言いながらあの番組?と。ゲストに呼んでくれたら言い返してやりたい(笑)
 まあ、一生ボーっと生きるのはどうかと思いますが、ボーっと生きることが必要なこともあるんじゃないでしょうか。




■ 川人 博(かわひと ひろし)
弁護士。過労死弁護団全国連絡会議代表幹事。 母校在学時は柔道部所属。
東京大学経済学部卒。 1978年弁護士登録。文京総合法律事務所を経て、 95年、川人法律事務所創立。 88年から 「過労死110番」の活動に参加。 92年から 東大教養学部「法と社会と人権」ゼミ(全学自由ゼミまたは自主ゼミ)を担当。現在は、同自主ゼミを担当。
厚生労働省・過労死等防止対策推進協議会委員、過労死等防止対策推進全国センター共同代表幹事などを務める。東京弁護士会人権擁護委員会国際人権部会長。  



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